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リーダー挨拶

グローバルCOE採択拠点生命時空間ネットワーク
教授 徳永万喜洋


 Edward Jennerは、牛痘にかかった人間が、その後天然痘にかからないという事実から、種痘法を開発しました。彼の方法はこの200年の間に多数の人命を救ってきましたが、その一方で、ヒトの免疫応答の全体像についてはほとんど理解が進んでいませんし、ワクチン開発のアプローチもJennerの時代から進歩していません。免疫応答システムを構成する多数の因子に対する個別の理解は進んでいますが、それら因子が如何に連携し統合され、免疫応答という生命機能が達成されているのか、つまり、個別因子の動態と相互作用を通した機能的連携が免疫応答という動的なシステム全体に如何に組込まれているか、ということが解明されない限り、免疫応答システムの2つの基本的な特性、免疫性と寛容性、について理解することは出来ません。この理解のためには特定のタンパク質を出発点にした遺伝学、生化学的解析だけでは限界で、免疫応答システムの全体像を丸ごと詳細に解析し、システムを構成する因子の連携と階層性を洗い直す、新しい視点からの研究の展開が要求されます。そして、全体像を掌握できたとき初めて、多数の病原体に対して、今までのアプローチとは全く異なる方法論で、必要に応じ迅速なワクチン開発を行うことも可能になるでしょう。

 免疫応答に限らず、全ての生命機能は、生体因子(例えば、タンパク、DNA、RNA、代謝物等々)が形成する動的なシステム(生命システム)としてとらえることが出来ます。個々の生命システムは直接的あるいは間接的に相互作用する因子が形成するネットワークとして定義され、このようなシステムが多数連携し、階層性を持つことで(つまりいくつものシステムがネットワーク化されることで)より高次の生命機能を果たすシステムが構築されていきます。例えば、転写反応はそれ自体一つの生命システムとして考えることが出来ます(DNAとタンパク間あるいはタンパク間の相互作用によるネットワーク)。転写反応も含め、種々の代謝反応を果たすシステムが連携し、階層性を持つことで、細胞という生命システムが構築されます。同じように、臓器、個体も、より高度なシステム間のネットワークの上に成立する生命システムであると言えます。例えば、脳は1011個の神経細胞が1018個のシナプスで結ばれネットワーク化され、記憶、学習、認識等の高次生命機能を司る生命システムとして成立しているわけです。どのような生命システムも動的なものであり、種々の刺激や変化に対応できるように空間軸および時間軸上で巧妙にプログラムされ、驚くべき柔軟性を持っています。逆に、疾病や老化はこのような生命システムの破綻として理解することが出来、現在、基礎研究のみならず、創薬、予防医療、予測医学、環境問題等に取り組む上でも、生命をシステムとして理解する試みは不可欠のものとなっています。

 本GCOEプログラム「生命時空間ネットワーク」では、このような時代の要請の中で、先の21世紀COE「生命工学フロンティアシステム」の教育研究基盤を引き継ぎつつ、分子・細胞・組織・個体あらゆるレベルにおいて、多分子がネットワークを構築し生命システムを構築するメカニズムの解明、解明のための技術開発、さらに生命システムを制御することによるバイオ・医療応用までを包括した、基礎と応用を両輪とする研究を推進し、新しい時代の生物学を担える人材を養成すること、および体系的な生命システム学の創成を目的としています。とにかく、まず上に示した基本的な問いに答えるためには、生物学のみならず情報科学、化学、数学あるいは物理学の複数分野に長けている研究者が、チームとして共通の課題に一緒に取り組む分野横断的な生物学を行わなくてはなりません。そこで、当GCOEでは生命理工学研究科としての強みを存分に生かし、生命システムに関する重点3課題を設定し,それぞれに対応する3つの教育研究クラスターを立ち上げました。クラスター1は、メカニズムの解析 (遺伝子発現制御,細胞情報伝達,発生・分化,個体進化など、個別生命システムに関する基礎研究。),2は 新規解析技術の開発 (ナノ磁性微粒子,蛍光プロ-ブ,ハイスループット水晶発振子,ホール素子など、分子間相互作用を定量的に測定するための高精度高処理の測定機器、方法論の開発。単一の分子や細胞を分析するための高解像度機器の開発やさらには数千万におよぶ、包括的なデータの体系化・注釈・分析・統合・モデル化のために必要な新たな情報学的ツールの開発。)、3はバイオ・医療への応用展開 (新規機能性素材開発やケミカルバイオロジーを基盤としたドラッグデリバリーシステムや次世代医療に向けた応用研究と医療現場への適用)と、それぞれ個別の目的を持ちつつも、3クラスターは組織的に連携しながら研究、教育を推進していっています。

 教育面での取り組みとしては、まず、教育環境の整備・高度化の一貫として東工大と国内外の研究機関との連携により、3つのクラスターに対応する形で博士大学院教育特別コース「生命情報処理コース」,「先端バイオテクノロジーコース」,「ナノメディシンコース」を新設し、それぞれで博士後期課程大学院生向けの教科書を出版しました。分野横断的なアプローチをうまく実行するためには、当然、生物学だけではなく、物理学、化学や数学の言葉を話すことを学ばなければならない訳ですので、生物学を背景として横断的な研究を実行できる学生を育成することが必須となります。そこで、物理化学、コンビナトリアルケミストリー、情報生物学、環境化学、マネージング、特許関連等の教育を強化・充実し、学内での連携を深めています。また、学生の国際性の涵養は急務であるため、国際インターンシップとして、連携先のUCLA、スクリプス研究所、フランスCNRSとの間の学生交換や研究交流を夏の学校(本年度第一回開催)等の機会を設け積極的に推進すると共に、世界トップクラスの外国人による講義・セミナーの充実をはかり、国際学会への参加支援、海外協定校との交流支援を行っています。以上の教育、研究を通して、21世紀の新たな生物学を開拓しうる人材の育成を目指して行きたいと思います。